2012年9月9日日曜日

「HOW TO思考」は現実捨象思考

子供達に勉強を教えるときに、「結果(答え)だけを覚えてもダメだ。どのようにしてその答えが出たのかのプロセスが大事。解法をしっかり抑えること」とはよく言うことだ。が、この「こうすればこうなる」という「HOW TO思考」は、カリキュラム問題とともに、近代教育指導方法の欠陥ではないかと思う。教育者は、一生懸命教えてきたとしても、結局は現実捨象の思考方法を教えてきたのだ、と総括すべきではないか。

固定的・統一的カリキュラムは「HOW TO思考」と連動する。
統一カリキュラムを実践する学校教育において、とことん「なぜか」を追求することはできない。それではカリキュラムが消化できないからだ。学校で教えるのはすべて分かっている(分かっているとされる)答えなのであって、だから子供への指導は、その答えにたどり着くプロセスが重要になる。結果、「解説」「解法」「講義」という形で授業が構成される。
講師にとってはこの「こうなればこうなる」までのプロセス=「HOW TO」をいかに効率的に指導するかであり、子供にとってはそれをどれだけ早く吸収して既存の答えにたどり着くかが求められる。
このようにして、「HOW TO思考」は統一カリキュラムを推進させ、市場の拡大とパラレルな形で大衆の知を拡大させてきた。

「こうすればこうなる」という思考方法は、生物の持つ認識統合律である「手順律」そのものである。しかし、「HOW TO思考」の実態は「手順律」とは全く違う。
「手順律」は現実対象に対する探索や追求を通して、得られた失敗とわずかな成功を重ね合わせながら、確かな答えに収束していく認識(知)の統合律である。そしてそれが実現回路を作っていく。
ところが、「HOW TO思考」は、答えを巡る探索・追求をすっ飛ばして、初めから原因と結果(答え)を短絡的に結び付ける。原因も結果(答え)も初めから存在しているのだ。そこには答えのわからない未明な問題は存在しない。あるいは、ないと捨象してきた!

おそらく、学校教育だけでなく、近代の科学技術(医療技術)もこの「こうすればこうなる」の「HOW TO思考」で発達してきたのではないだろうか。ボタンを押してインプットすれば、予測どおりの答えがアウトプットされる、それが近代科学技術(医療技術)の目指したものではなかったか。

しかし、現在科学技術の成果はどうだろう。環境破壊、精神破壊、肉体破壊…いずれも、予想外の答えのオンパレードである。答えがなければ「HOW TO」もそしてカリキュラムも成立しない。自然環境や生物進化も人間の成長も、そこに初めから固定的な答えがあるわけではない。現実の多くはほとんどが未明問題の連鎖であり、それがまた現実だろう。この現実社会の中でなんとか答え・突破口を見つけようと探索・追求するのが求められる思考方法である。カリキュラム問題だけでなく、思考方法そのものの転換が教育界に、そして現実に生きている我々に問われているのだと思う。

吉国幹雄

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