2012年9月2日日曜日

教科書はマスコミのダイジェスト版であり無垢な子供を洗脳している。

学校の社会の教科書はマスコミのダイジェスト版になっている。例えば記憶に新しい京都議定書の問題だってちゃんと記事どうりにのっている。ちょっと前のベルリンの壁の崩壊も今や高校入試の重要ポイントだ。

 もしこのようにして、ベトナム戦争や朝鮮戦争、第二次大戦の教科書記述がなされているのだとしたら、地理歴史公民の教科書も、大学の基本書もダイジェスト版だということになる。

 つまり、少なくとも社会の教科書はマスコミが作っているということであり、各教科書会社はどの記事を載せるかを考慮しているに過ぎないのだ。すると学校はそれらを解説するための評論機関に過ぎないということになる。

 こうなってしまうと、不特定多数に旧観念を宗教的にばらまいているだけにとどまらず、義務教育制度というものがあるのだから、信者の強制入門も公の力でやっているということになるだろう。考えてみれば、学校の先生が自分の研究成果を教えるのではなく、経典のような教科書を棒読みしているのだから、旧観念の発生装置は学校にあるのではなく、マスコミにあるといってよいだろう。

 社会の身分や地位を肯定視して、無垢な子供に教えている直接の当事者は学校であると思ったが、この間のマスコミに関する議論から、学校も傍観者でありマスコミがより真犯人に近いものであることがわかった。

 私権社会でマスコミほど旧観念の自由を享受している者は見当たらないことからもそれであることがわかるが、ことさらにそのような用語を多用している実践例からも、その共認支配の意図がわかるのであろう。

佐藤英幸

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