2012年9月12日水曜日

私権制度である近代学校の限界

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=81182 井上緑さん 『「学校」を変える=「社会」を変える』
>なぜなら「教育」という場は、現実社会と隔離された温室空間であるから。社会が序列原理⇒共認原理に移行しているにもかかわらず、「教育」という領域は社会空間から切り離されているので未だ序列原理で動いている。外圧=内圧。

 学校というのは、現在、当たり前の存在として疑われることも少ない社会制度です。しかし、明治時代に日本に初めて近代的な学校制度が導入された際には、庶民の激しい抵抗に合い(学校焼き討騒動等)、明治後半になるまでなかなか就学率は上昇しなかった歴史があります。当時8割以上を占めた農民にとって昼間貴重な労働力である子供を拘束されるのは受け入れ難かったのがその理由です。
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【日本教育史】http://www.geocities.jp/ururo_0518/kyouikusi.html
 1871(明治4) 文部省設置 中央諸官庁の改革に伴う。 
 1890(明治23) 教育勅語(教育ニ関スル勅語)発布 儒教思想に基づく国家主義的な国民教育の基本理念。 
 1900(明治33) 小学校令改正 授業料不徴収(無償制)が規定され、近代的な義務教育制度が完成。
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 そういった学校制度が社会的に受け入れられていく主要因は、学費無料ということよりも、義務教育⇒師範学校や帝国大学卒⇒軍人や教師という花形職業(身分上位=私権獲得の可能性が開かれる)という流れを作り、そこに庶民が収束したことによります(このあたりの人々の意識状況は、司馬遼太郎「坂の上の雲」に詳しい)。
では、明治から始まった近代的学校がどんな機能を担ったかについては、それまで共同体単位で行われていた教育を一元的な価値観に基づくカリキュラムによって、近代産業社会に適応できる人間として条件付けるというものであったといえます。※つまりは、私権という外発的動機(=新たな産業社会の序列身分、お金、名誉、自由競争等)に反応するように洗脳していく。その意味では、学校は社会の雛型として存在しているといえます。

>社会に出て仕事をしている大人たち(親)は、自分の子供に対してすら時間を割いて教育することは困難である。よって、国が決めた義務教育という制度を利用し、「教育」を専門にしている機関・人間に任せるしかない。
 また、社会の雛型としての影響力を持つためにも上記のように学校制度に依存させ、その制度が必要不可欠のものであると庶民に思い込ませることも、為政者にとっては非常に重要な課題であったわけです。
 
 そう考えれば、普遍的かつ絶対唯一のように思われてきた「(近代)学校制度」は、ただ単に近代産業社会(日本においては明治以降)に適応させるためのものであって、社会が先行して変化した際には当然、不適応な制度として機能不全に陥るのは当然です。

’70年以降、貧困(生存圧力=外圧)が消滅した現在においても、私権外圧に反応・統合していくことを繰り返し教育する。しかし、現実には主たる外圧は私権の強制圧力から、人々の共認圧力へと変化している。学校制度の存在基盤(背景となる外圧)そのものがずれている以上、生徒の活力(内圧)が下がるのも、違和感の残る教師の序列社会が残存していることも全て必然の結果であるともいえます。

>学校教育の問題点だけを断片的に捉え、解決するということは不可能である。「共認」という新しい統合軸を基に、広い視野で問題を捉えていく必要がある。その延長線上に、「新学校」「新家庭」「新企業」、新社会の実現態が見えるのではないだろうか。

 潜在的には現実社会は序列原理から共認原理による統合軸へと変化しているにも関わらず、それ以前の私権制度である近代学校制度が変わらないことによる問題(機能不全=統合・収束不全)は日増しに拡大していっている。現在の社会制度はすべて、私権社会の雛型として設計されている「私権制度」であることを改めて強く認識しなければいけない。そして、新しい共認社会に適応した「新学校」「新家庭」「新企業」といった制度を出現させていく取り組みは(潜在的に先行して変化している)社会の変化を顕在化させていく過程になるのだと思います。


浅野雅義

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