2012年8月28日火曜日

「いい子」の非行が増えている。

水戸家庭裁判所の調査官、佐々木光郎氏によると、1990年の初めころから、それまで大人を困らせたこともなく、勉強やスポーツでがんばっている、いわゆる「いい子」の非行が増えてきているそうです。

例えば、大学進学を目指していた高校1年生のA少年は、繁華街で同級生らと酒に酔った中年男性を襲い、金品を強奪しました。重大な犯罪なのですが、面接では「皆でワイワイガヤガヤしながら何かをするのが楽しいかった」といったそうです。佐々木氏によると、行為の結果が重大であるのに比して、非行に至るさまは、あたかも小学校の高学年の子供たちが群れをつくって遊んでいるように感じられたそうです。

また、A君は「別の自分が悪いことをした。本当の自分はまじめである。」「成績が良ければ何をしても許される。」とも真顔でこたえ、また、「反省したから(犯罪の)責任は消えた。」などともいったそうです。勉強もスポーツもできる少年が、こと対象性・社会性に関してはこの程度の認識しか持ち得ていないということです。

彼のような思考をする青少年による非行が近年増えているということですが、彼らの生育史を読み取るといくつかの共通点が見られるそうです。

わが子の教育に熱心な両親のもとで育ち、たいていは小学校に入る前から何かしらの習い事を始め、中には「遊びは無駄である」といわれている子どももいる。小学校に上がると、親が子供のSKを決めて、我が子の「良いところ」しか見ようとしない。子供は親の顔色をうかがいながら「親が喜ぶのが最善である」と思い、自分の行動の基準にしている。親の願いに応えようと頑張るが、そうしないと親からの「受け入れ」を失うと思い込んでいる。また、「大人のいうとおりにしていれば楽だから」という子どももいるそうである。

そのような子どもは大人からみれば「いい子」に写るわけですが、実は、人間の成長にとって最も大切なものが身についていないのです。上記の少年の例など、学童期に体験しておくべき仲間体験を青年期になって、犯罪行為という方法で、取りもどしたともいえます。

上記のような成育史をたどるわけですから、彼らのほぼ全員には、幼児期での自然体験や学童期になってのギャングエイジの体験がないそうです。ギャングエイジとは、子どもたちがきわめて親しい仲間集団をつくり、秘密基地や独自の掟をつくり、自分達だけの社会をつくり、活動・生活する時期で、10歳前後の子どもが軸となり、下は4、5歳の子どもまでが参加する異年齢集団です。このような集団の中で、子どもは他者との付き合いや集団で生活するための技術・知識、つまり「仲間づくり」の方法を学ぶといわれています。

かつての日本での「子ども組」でもそうですが、どのような社会にも、幼児期から学童期にかけて、子どもが仲間を体験、実感できる集団が存在していました。そのような場で子ども達は、人間にとって大切な共認回路を発達させられたのです。幼児期から学童期にかけて、対象性・社会性を学んでいく場としての自然体験、ギャングエイジ体験の喪失が、子供たちの成長に様々な悪影響を与えているとの指摘が、近年、多くなっています。

また、最近では、このような状況に危機感を感じ、失われたギャングエイジ体験の場をよみがえらせようと、学校のある時期に異学年の子ども達に合宿をさせる通学合宿の試みもみられるようです。

参考:12月8日「日本経済新聞・教育版」

槇原賢二

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