| 極めて個人的な感覚で恐縮ですが、私は、いわゆる教育者の発言に、一見もっともでありながら、ある種の「傲慢さ」と「曖昧さ」を感じることがままあります。この会議室の参加者の方々には少々反発を買う内容かもしれませんが、忌憚の無いご意見を頂ければ、と思います。 例えば、教育者と子どもの関係について、最近よく言われていることのひとつに、大人からの解答の押し付けはよくない、というのがあります。答えを大人が固定するのではなく、子供が疑問を持った動機を大切にし、子供の迷っている気持ちと同じになってその答えを考える過程が大切であるという意見です。 確かに、既にある教科書的な学知や近代思想のイデオロギーは、(それを飯のタネにしている者以外には、)全くリアリティのないお題目に成り下がりつつありますし、社会自体も既にある解答では立ち行かないところに来ています。考えるプロセスが重視されるというのは、至極もっともなことです。 しかし教育ということに関して言えば、私は基本的に、子どもに対して答えを固定するも何も、大人自身が本気で考えていることは伝わるし、安易で耳障りのよい観念にしがみついているずるさや胡散臭さも、親と教師が馴れ合ったり押し付けあったりしている醜さも、同じように子どもに伝わるものだと思います。 しかし、教育者の発言では、多くの場合、「押し付けはいけない」ということのほうが強調され、多様性やプロセスが大切といった、本質的ではあるが、抽象的で曖昧模糊とした結論で思考停止していることが多いようにも見受けられます。 |
岩井裕介
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